ロールモデルになるような、各業界の第一線で活躍している方々をインタビューと年表で紹介するこのコーナー。第5回のゲストは、ウィークリーマンションで一世を風靡したツカサグループの元代表で、現在は会津昭和30年代村企画株式会社代表取締役を務めている川又三智彦さんです。

高校卒業後にアメリカに留学し、日本に戻って家業の不動産業を継いだ後、ウィークリーマンションで一世を風靡し、一時は資産1000億円とも言われた川又さん。バブル崩壊後に逆に1000億以上の負債を背負ってしまい、事業を継続して負債を返し続けていたものの、リーマンショックで会社清算と自己破産。脳梗塞で倒れても復活し、現在は会津に昭和30年代村のコミュニティをつくろうと奮闘してらっしゃいます。川又さんのこれまでの波瀾万丈な歩みについては、ぜひ年表をご覧ください。

「自分のやるべきことがあって、それをやらされるためにすべてお膳立てされていた」

現在のお仕事について教えてください。

会津で20年間放置されてきたリゾート地に「昭和30年代村」をつくるプロジェクトを手がけています。住民一人一人が役割を持ち、いきいきと仕事ができるコミュニティをつくろうとしているところです。詳細についてはウェブサイトやFacebookページを見てください。

波瀾万丈な人生についてお聞きしてきて、それについては年表のほうにまとめますが、改めて自分の人生を振り返ってみて思うことは?

要するに、やるべきことが前もって用意されていて、それをやらされるために、すべてお膳立てされていたなと。そのために必要な知識とか、すべてしかるときに学ばされるようになっていたのかなというふうにしか思えないですね。

「幸せに生きがいを持って暮らせるようになれば、世の中が変わる」

ロールモデルにしている人はいますか?

中村天風とか、小林一三とか、あとはうちの母親ですね。僕の人生は、僕の母親の人生の延長線でしかないのかなと。能書きを言わずに行動するところは受け継いでいます。

2007年の12月に88歳で亡くなったんだけど、亡くなるその日まで元気でした。体はちょっと太り過ぎて、腰を痛めちゃって車イスを使うようになって、妹に面倒を見てもらっていたんだけど、妹だけじゃ大変だろうと思って、デイケアの施設を僕がつくってあげたんですよ。そこに通うのを楽しみにしていて、休みの日以外は毎日のように通って、そこに仲間が待っていたみたいで、なんで毎日通えないんだって文句を言うぐらい喜んでくれていました。食欲も旺盛で、太りすぎだからあんまり食べさせるなって妹に言ったんだけど、私が言っても聞かないからお兄ちゃん言ってよっていうから、体重が増え過ぎえるから10キロぐらいやせないといけないって言ったら、この年になって食べたいものをがまんするのは私はいやよって言うから、それもそうだなと(笑)。その日も帰っておいしいもの食べたいって、小さなステーキを3枚食べて、それじゃ足りないって牡蠣フライを食べて、おいしかったって、寝たらそれっきり。見事な最後でしたよ。

将来の展望は?

ウィークリーマンションをつくったときと同じなんだけど、昭和30年代村のことを、とにかく世間に理解をさせるのは、一つ現物をつくることが必要なんです。現物をつくって見せないことには、何を口でどう説明したって、知ろうとしないというか、認めたくないんですよ、世間って。形ができるまでは、どちらかというと、ないものにしようとするんです。ウィークリーマンションは、どれほど抹殺されようとしたかわからないんだから。ラブホテルになるに違いないとか、旅館業法に反するとか、本当にそれはもういろいろと妨害されたんです。それでも、空き室を何とかしたいというこちらの都合もあって、実際のニーズに合わせるように続けてきて、まるごと一つのマンションをウィークリーマンションとして立ち上げるまでは大変でした。それが一つできあがったとたんに、手のひら返しで爆発したんですよ。 今は会津に昭和30年代村をつくっていて、第二弾は沖縄でやろうと思っているところで、沖縄だけじゃなくて海外展開も考えています。こういうコミュニティをつくることによって、行くところもなく、頼りがないという人たちがそこに住んで、その日から幸せに生きがいを持って暮らせるようになれば、世の中が変わるじゃないですか。それが、日本だけじゃなくて、フィリピンとかカンボジアとか、世界中に広がっていけば、僕が体験してきたことがすべて辻褄が合うんですよ。それができないと、どう考えたって僕が遭わされた運命が理解できない(笑)。

川又さんは行動記録をつけて自分史を活用してらっしゃいますが、活用するメリットは?

これは実際にやってみないとわからないと思うんだけど、やっているうちに効果として共時現象が起こるんですよ。起きてくる共時現象自体は、なんのプラスにもならないことだけど、それはシグナルというか、サインだと思うんです、自分が考えていること、やろうとしていることが間違ってないよという。そう考えると、すべて辻褄が合うんですよ。そういう記録をきちんと持っているからこそ自分を振り返るきっかけをつくれるし、それを見返すことで自分がやってきたことが見えてくるんです。

最後に若い方々へのアドバイスをお願いします。

やっぱりライフログはつけるべきだと思いますよ。最初からことこまかくやろうとするから続かなくなっちゃうんです。できる範囲で確実に残していくことが一番大事だから、自分の境遇にあわせて、残せるものを残していけばいいと思います。
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川又三智彦(会津昭和30年代村企画株式会社代表取締役 ツカサグループ元代表) | 年表(自分史)創造コミュニティ Histy(ヒスティ)