ロールモデルになるような、各業界の第一線で活躍している方々をインタビューと年表で紹介するこのコーナー。第10回のゲストは、世界でひとつ・個人の名前を紋章にするオリジナルロゴマークデザイン『お名紋』の藤田朝美さんです。

デザイン作成からグッズへの応用・展開までを現在1人で手掛けています。藤田さんは、工学部建築学科を卒業後、海外の大学に留学するつもりでいましたが、ちょっとしたきっかけでリクルートに入社。様々な事業・職種を経験した後、「世界に一つの贈り物」に取り組みたいと考えるようになりました。試行錯誤の中から生まれたのが『お名紋』のアイデアでした。
1978年生まれ。2001年東京大学工学部建築学科を卒業。1年間の海外一人旅の後、2002年、株式会社リクルートに入社し情報システム部門に配属される。住宅情報ナビ・ゼクシィnet・地域検索サイト「ドコイク?」の開発や、IT新技術の導入提案業務を行う。その後、社内の自主異動制度キャリアウェブを使って狭域事業のメディアプロデュース部に異動。クーポン誌HotPepperの広報販促を担当する。
2007年に独立し、「世界に一つの贈り物」の実現に向けて歩み出す。2008年8月8日に、個人の紋『お名紋』のサービスを開始。2011年8月にテレビ番組で紹介されたことがきっかけとなってブレーク。さばききれない注文を前に、現在奮闘中。“一歩先までしか見ない”という藤田さんの行動パターンは、はたしてどこまで続くのか。
◇お名紋のサイト
 『お名紋』
お名紋/ facebook

「世界に一つの贈り物」を作りたかったんです。

そもそも「お名紋」の制作を始めたのはどうしてでしょうか。

自分の思いの丈をこめて全部を作り上げる仕事がしたいと思っていたのが、2006年終り頃です。「贈り主とつくり手の気持ちを乗せて贈る、オーダーメイドの贈り物サイト」を思いついて、会社を退職しました。
何かを贈るって気持ちを贈るということですよね。贈り手も満足したいと思っている。「世界で一つ」というところでその気持ちを形にできるのではないかと考えていました。ところが、前職では商品の開発やそれをシステムに作り上げるディレクション等いろいろな経験をしてきたつもりなのに、一人ではサイトひとつ作れなかった。くやしい、と思いながらCMS開発を勉強し、まずブログの形で始めました。つくり手やオーダーメイドギフトを紹介する「贈り物ブログ」です。このブログを見てくれた鎌倉の人からウェブ制作の依頼を突然いただき、鎌倉ならではのつながりで、ウェブづくりの請負が本業のようになってしまいました。作りたいものがあって会社を辞めたのに、いつのまにかひとさまのサイト作りに没頭してしまっていたんです。一方、自分自身の「贈り物ブログ」は、ブログのまま、当初考えていたサイトに成長できないままでした。
そんな折、元上司の出産が、自分の志していたものを思い出すきっかけになったんです。

最初はかなりあいまいなアイデアで走り出したんですね

以前勤めていたときの職場の上司にお子さんが生まれたんです。誕生祝に何を贈ろうか迷いました。「世界でひとつ」を贈りたいと考えながら教えてもらった名前を見つめているうちに「名前×その由来」はまさに世界で唯一のものではないかと気づきました。
お子さんの名前は「郷ちゃん」でした。「世界で通用するよう、誰からも呼びやすいGO」から、まず「GO」の二文字を壁紙のように敷き詰めたら面白いなと思って。それから、「生まれ故郷を大切にする」から、「郷」の文字を故郷っぽく・・と故郷っぽく・・考えていたら、文字の中に木(幺)と川(阝)が入ってる!と気づいた。これが、お名紋の誕生です。栞とスタンプにして贈りました。
このプレゼントはほんとうに喜んでもらえました。これが自分が探していた「世界で一つの贈り物」なのかもしれないと思いました。確信をもつためには、数をこなしてみないとわからないと思い、100人分実際に作ってみようと思いました。ブログで説明をし、募集すると、無料とはいえ予定を越える応募がありました。
それまではどうしても客観的になってしまって他人事として考えていたのかもしれません。焦点が定まったきっかけは、自分自身の気持ちをこめて何かを贈りたいという自分自身の実体験でした。
そして、2008年8月8日、正式に『お名紋』として制作を開始しました。

2日で決断して実際にスタートを切る行動パターンはこれからも変わらないと思います。

今年8月にテレビ番組で紹介されて大反響があったようですね。

その日から、注文・問い合わせが殺到しました。すべてを一人でやっているので対応に手が回らず、全員にお返事できるまで一苦労でした。連絡は取れたものの、『お名紋』はひとりひとりの思いをお聞きして手作業でつくりますから、1日頑張ってもそんなにたくさんは作れません。今、お待ちいただいている注文がたくさん残っています。さらに、紋の制作につづいてグッズ類の制作もあります。グッズそれぞれにまたデザインが発生するので苦労しています。
見通しのないままTシャツやマグカップに『お名紋』を入れる応用商品を増やしていたら、それが予想以上にヒットしてしまいました。現在は、どうしよう、何かしらやり方を変えないといけないと思ってるところです。ただ、やりたいことができたら2日で決断して実際にスタートを切る行動パターンはこれからも変わらないと思います。それが私なんだと思います。

『お名紋』を始める前は、リクルート社に勤めていたんですよね。リクルートを選んだ理由はありますか。

大学を卒業した時点ではロンドンの大学院に進学しようと考えていました。卒業してから、証明書をもらいに大学の窓口に行ったときに、目に入ったのがリクルート社の採用パンフレットでした。注目していたイラストレーターの奥原しんこさんのイラストがたくさん使われていたのでもらってきました。面白い仕事ができる会社なんだなと思いました。軽い気持ちで連絡し、就活中の大学生に混じって会社説明を聞いていたりしたら、第二新卒扱いでふつうに面接を進んでいく中で内定をだしてもらいました。
進学を就職に切り替える決断にこのときも2日はかかりませんでした。秋の入社を進められたが、1年間バックパックの旅にでかけられる機会だと思って1年の猶予してもらいました。翌春、成田に着いたそのままの姿でバックパックを担いで会社の入社手続きに向かったんです。

自分で考えて自分で決める。

バックパックの一人旅、就職・退職など、急に決めたことをご家族はどう思っているのでしょうね。

実は飛行機が怖くて、ずっと海外旅行は避けていました。でも大学2年の冬、どうしてもホノルルマラソンに出場したくなって、乗るしかないところにおいこまれました。初めての飛行機は、ひどく酔って熱まで出したのですが、異国の人たちの生の暮らしにものすごく興奮しました。もっといろんな暮らしが見たい!と、友人が米国の家族に会いに行く旅に同行したあとは、バックパック一人旅の開始です。そして、アジア、ヨーロッパ、中東・・・リクルートの内定をもらったあとも1年間旅行にでていたのもさっき言ったとおりです。
研究者をしている父親も母親も、当然いろいろと私のことを心配してくれます。家族の中ではまあとにかく会話量が多いし、大量の意見も受けるんです。ただ、私の頑固さや、私の「好き」を分かっているから、ダメ、こうしなさい、は無くて、お互い砲丸投げのように、意見をドーッと連ねる感じでしょうか。そういう中で、お互いの考えの核は共有できているのだと思います。あとは、世間一般の常識を押し付けられることは無かった、ということです。
そうしてここまで来て、私の今の関心は、今日を生きること、目の前の充実感を大切にすること、です。あまり先のことは考えずに、ひとつひとつ決めていこうと思っています。

(インタビュー 2011/10/28 鎌倉において)
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藤田朝美(『お名紋』制作者) | 年表(自分史)創造コミュニティ Histy(ヒスティ)