ロールモデルになるような、各業界の第一線で活躍している方々をインタビューと年表で紹介するこのコーナー。第9回のゲストは、『記事トレ!』、『ピクト図解』、『なぜ割り』で理解のための新しい見方・考え方を提案している板橋悟さんです。

板橋さんは、大学時代は教師志望でした。就職活動の時期に教員として自分に足りないと気付いたピースを探してリクルートに入社。様々な事業・職種を経験した後、念願の教育コンテンツの開発に活躍の場を見つけます。そして、初心で目指した子供の教育という目標に至る流れには、いくつもの経験と実績の川が合流して、周囲に水を供給できる力強い流れに成長しています。
1963年生まれ。1988年東京工業大学理学部物理学科卒業。 同年、株式会社リクルートに入社し人事部に配属される。情報システム部に異動後、マサチューセッツ工科大学(MIT)に社費留学。帰国後はソフトウェア情報誌事業、研究部門、インターネット関連の新規事業部門で修行を積む。1996年、メディアファクトリーに出向し、子供向けの教育ソフトの開発で高い評価を得る。
2003年に独立し、ビジネスコンサルティングの会社を設立。企業のコンサルティングのかたわらセミナーや著作でオリジナルのコンセプトを打ち出す。『「記事トレ!」日経新聞で鍛えるビジュアル思考力』(日本経済新聞社)、『ビジネスモデルを見える化する ピクト図解』(ダイヤモンド社)に続いて、この夏(2011年8月)、『なぜ分数の割り算はひっくり返すのか?』(主婦の友社)が発売された。
◇板橋式メソッド
 ピクト図解(R)公式サイト
◇個人のサイト
 Ita3.jp 
◇代表を務めるラボ
 エデュテインメント・ラボ 

”わかった”喜びの瞬間に立ち会いたい、が私の基本です。

最近出された「なぜ分数の割り算はひっくり返すのか?」のお話からお聞きしたいと思います。

私は子供の教育に関心があります。大学時代には、塾や家庭教師で2000人の子供を教える経験ができました。”わかった”喜びの瞬間に立ち会うのは私にとって最大の喜びでした。なかなか算数・数学がわからない子に、いろいろ説明を工夫して教えていると、ある瞬間に「なるほど、そういうことか!」とぱっと笑顔に変わるんです。物事を理解した瞬間です。もともと70点とれる子を90点に伸ばすことはたくさんの人が取り組んでいます。僕は30点の子に60点取らせてあげたい。それはその子の人生を大きく変えますから。
当然、就職も教員になるつもりでいました。ところが、ある日、ある質問に立ちすくんでしまったのです。
「因数分解って人生で何の役に立つの?」
口から答えが出てきませんでした。気づいたんです。大学を出たてで何の社会経験もない若造が人を教える側に立つことが、いかに恐ろしいかということに。考えました。あせることはない、少し社会経験をする修行が必要だと思いました。
その後、20年以上、いろいろな体験を積んで会社務めを卒業し、いよいよ、若いときに志した領域に取り組めるようになりました。『なぜ分数の割り算はひっくり返すのか?』」(以下、『なぜ割り』はその最新の成果です。算数・数学が大嫌い、という女性スタッフを集めて、私のアイデアをたたいてもらいながら完成させました。
子供向けの教育ソフトを開発する経験の中で気づいたことは、”わからない”と困っている子供に対して大人は本当に理解しているのだろうか?ということです。「大人にとっての“わからなさ”と、子供にとっての“わからなさ“は別物だった」という苦い思いを何度も味わいました。大人なりの”わかり方“で子供に教えてもだめなんです。子供なりの“わからなさ”と子供なりの“わかり方”を理解しないと、子供に教えられないんですよね。『なぜ割り』は、その問題意識に対する私の回答です。もし、教員の方がこの本で教え方について考えてもらえる機会になったら本望だと思っています。

つぶれた自分をリカバリーした経験で、難しい道を楽しめるようになりました。

学生時代に教員志望だったのが、一転、リクルートに就職されたんですよね

リクルートには、グループ企業も含めて15年お世話になりました。
最初に配属されたのは人事部です。当時は積極的に理科系出身の学生を採用していたので、後輩たちの採用を期待されていたのです。この部署で自分ではそれなりにできていると思っていました。ところが、夏休み前にあった社員間でアドバイスしあう教育プログラム(ROD)で、先輩や同期から「そんな心構えではだめだ。他の同期に比べて成績が極端に劣っているんだぞ。考え直せ。生まれ変われないなら会社には必要のない人材。辞めてしまえ。」と夜を徹して批判されたんです。休みの間はどうすればいいのか途方に暮れていました。しかしどうにか、“よし、いい薬をもらったと思おう。心を入れ替えよう。態度で示そう”と気を取り直し、頭を丸めて人生初の坊主頭で休み明けに出社したのです。すると、既に10月異動が決まっていました。部長に呼び出されて「異動して一からやり直せ。最後のチャンスだと思え。次はないぞ。」と内示をうけました。ショックでした。就職するまで、それなりにいい成績を続けてきて、挫折というほどの経験をしたことはありませんでした。生まれて初めて“落ちこぼれ”の烙印を押されました。
異動先は情報システム部門のシステム運用をする舞台でした。24時間ポケベルをもって何かあったら30分以内に連絡しなければならないという環境です。気を抜く間がありません。そういう環境ですから、毎日先輩方もそう優しくしている余裕はありません。先輩においつくどころか、半年間教育と実践を重ねてきた同期にも全くかないません。ここでつぶれてしまうのだろうか、いや俺はもっとできるはずなんだと思ってはみたものの何をすれば出口が見えるのか皆目わかりません。とにかく、今自分にできることは何だろうと考えて、毎朝一番に出社し机をふき関係部署の電話番号を暗記して誰よりも早く電話にでました。休日も出社してシステム関連の技術マニュアルを読みあさりました。時間はかかりましたが、どうにか周囲から信頼して仕事を任されるようになりました。「自分は落ちこぼれ」という情けない状況からはい上がったのはこれが始めての経験です。この経験は大きかったですね。はまったらチャンスと思ってリカバリーするというメンタリティが身につきました。

その後、異動の連続ですよね

人生最初のリカバリー経験の後は、次々とチャンスをつかめるようになりました。最初は、MITへの留学ですね。それまで留学制度の対象が帰国子女など英語ができるものばかりに偏ったために、人事部がそうではない者を対象にしようという見直しをしたタイミングでチャンスが回ってきました。ちょうど目に留めてもらえたのです。しかし英語はからきしだめで留学先のTOEFLの合格条件に最後まで達しませんでした。そこで受け入れ先の学部長に直接コンタクトをとって直談判しOKをもらったのです。今でも英語がもっともできずにMITに入学した留学生だと自負しています。
帰国して本社のエリート部署とかに配属されるのかと思ったら、戻ったのは古巣の情報システム部門でした。ただ、今度は、社外向けのソフトウェア情報提供サービスの商品企画です。企画・営業・編集・制作・・・、事業に必要な実務経験を一通り積むことができました。商品自体は、何年も試行錯誤が繰り返されてきた情報誌でなかなか飛躍できずにいたものです。そういう意味では“最先端”を走るものではありませんでした。しかし、私自身は、徐々に“最先端”の動きに近づいているという実感はあったんです。
ところが、そこで、また、完全に新しい文化ににたたきこまれたんです。

180度反対の研究部門で、「商売はいい、商品の質を徹底して上げろ」となったんですよね。

リクルートのMDC(メディアデザインセンター)です。この部署は実にたくさんのタレントを輩出しました。
あとから加わった私には、仕事に対する基本的な考え方が根本的に違うことに戸惑いました。
朝には会社には来ない人、昼間からゲームで遊んでいるとしか思えない人もいました。しかし、作り出されもののオリジナリティは光っていました。ここで、今まで付き合いがなかった「クリエータ」と呼ばれる人たちに初めて出会いました。
その後、担当していた商品ごと、関連会社のメディアファクトリー(以下、MF)に異動になりましたが、ここも、利益の追求より質のほうが重視されていました。当時のMFはポケモンカードの大ヒットのあとで、いけいけムードでしたね。MFでの仕事は、オリジナルのクリエータがいて、それを商品としてどう仕上げていくのかをプロデュースし制作をディレクションすることでした。

それまでの全ての経験と実績が大合流した感じです。

2003年の独立後は、ご自身がクリエーターの役割もされていますよね

リクルートを卒業したのが2003年。独立して、自分の中で育ててきたコンセプトや方法論を形にして、セミナーや書籍で世に問うことができました。
独立してからはいよいよジグゾーパズルの最後のピースだったクリエイションに自分自身で取り組むことができるようになりました。これで、それまでの全ての経験と実績が大合流した感じになりました。その結果、たくさんの方々に支持していただいたのが、『記事トレ!』であり『ピクト図解』です。さらに今回、学生時代からの夢だった子供の教育に貢献する『なぜ割り』を上梓することができました。
社会人になってからのさまざまな、経験や実績が、就職時に自分に出した宿題「因数分解は人生で何の役に立つのか」の答えを出してくれました。今進行中の活動の中で私の答えを出しています。

今後予定されていることはありますか

こらからもいくつかの大きな流れを意識して仕事を続けていきます。思いもかけない機会に出会うことはますます増えていくと思いますが、その底流にある強い思いからはずれることはないでしょう。人が物事を理解する瞬間、”わかった”喜びの瞬間に立ち会いたい、が私の基本です。それがあるからチャンスを引き寄せ活かすことができるのだと思います。

(インタビュー 2011/9/7 東京において)
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板橋悟(ビジネスプロデューサー/ピクト図解(R)考案者/エクスアールコンサルティング株式会社 代表取締役/エデュテインメント・ラボ代表) | 年表(自分史)創造コミュニティ Histy(ヒスティ)